‘歴史・オカルト・妄想’
ネフェルティティの左目
謎を秘めた未完成の美しい「ネフェルティティの胸像」。古代エジプトの芸術作品のうちでも著名なものの一つで、よく模倣された作品でもあります。古代エジプトの彫刻家トトメスが紀元前1345年に制作したものだそうです。御覧のようにこの胸像には左目がありません。
Nefertiti (Nofretete in Berlin) 2008/4/17,15:18
Giovanni from Firenze, Italy
ネフェルティティは、NeFeR-T-(美しい・者)が iTi(訪れた)という意味。クレオパトラと並んで美女の代名詞で、プトレマイオス朝の女王クレオパトラ7世、第19王朝の大王ラムセス2世の正妃ネフェルタリとで「古代エジプトの三大美女」と呼ばれているそうです。
エジプト新王国時代の第18王朝のファラオであるアメンホテプ4世(後にアクエンアテンと改名)の正妃で、ツタンカーメンの義母。それでもって、大変お美しい方だったようですが、夫のアメンホテプ4世が全権を掌握すると、かねてからの理想を実行に移し始め、アマルナ革命というのをやってエジプトをぐちゃぐちゃにしてしまった方みたいです。
自然神で成り立つ多神崇拝を否定し、(夕日、沈む太陽の)太陽神アテンの一神崇拝にしちゃった。つまりは、エジプトにたくさんいらっしゃった神々を否定して、エジプトの神を一つにしました。
ネフェルティティは、今のイラクの辺り、ミタンニということろからやって来た、もともとのエジプト人ではなかったので、エジプトの神々に対する思い入れもなかったのかもしれません。このアクエンアテンの信仰が世界最初の一神教といわれれ、ユダヤ教徒からも、キリスト教徒からも、彼らの宗教のもとをつくった人と考えられ大変な信仰を受けているそうです。
一つにしちゃうから、後々ややこしい事になちゃっうんでしょうが!って、古代エジプトと同じように多神崇拝、八百万の神々の住まわれる日本という国で生まれ育った私とかは、そう考えたりもするわけです。
はい、左目がありません … 発見された当初、発見者のボルハルトは左目にはめ込まれていた石英が落剥したと考えて、工房跡を捜索したが左目の石英を発見することはできませんでした。
実際にネフェルティティが左目を失明していたのではないか?(他の彫像では左目が表現されているので矛盾している。)
もともと目の内部の彫刻方法を教えるために左目は作成されなかった。あえて未完成になっている。
もともと胸像に左目が存在したが後に失われた。
もともと無かったものなのでしょうか?それとも、有ったのに何処へ行っちゃってるんでしょうかね?このネフィルティティの胸像の左目。
ホルスがセトを打つ時に奪われた左目...
月の目、ウアジェトの目、コブラの蛇の目、スネークアイの方か?...うーん。(意味不明w)
ホルスの目、ウァジェトの目、月の目、ラーの目
ホルスの目、また初期にはウァジェト(ウジャト)の目、月の目と呼ばれていたり、後にはラーの目とも呼ばれたりもする古代エジプトのシンボルです。ホルスは、ハヤブサの頭部を持つ太陽と天空の神。ウァジェトは、コブラの姿または頭上にコブラをつけた女性の姿で描かれる下エジプトの守護女神。ホルスは、その右目は太陽を、その左目は月を象徴してて、初期に呼ばれていたウアジェトの目というのは、ホルスが父の敵セトを打つ時に奪われた左目(月の目)のことだそうです。